丸山清人さんの銭湯絵教室と、青の世界。


 

銭湯絵師・丸山清人さんが行う初のペンキ絵教室に参加してきました!
百聞は一見に如かず。写真メインで教室のもようをお届けします。

 (はじめに)これまでの丸山清人さん関連記事

 

 丸山清人氏による銭湯絵教室@国立ギャラリービブリオ

12時開始を13時開始と勘違いしていて遅れてきた丸山さん。
個展が好評に尽き、今月中に納品しなければならない作品が40作品もあるそうです。
1日に約2枚描かなければいけない計算。
引く手あまたの人気者っぷりです。

十数名の受講者たちにまず手渡されたのはA4用紙くらいの大きさの白いアクリル板と鉛筆。
まずは鉛筆で下書きです。

その間に丸山さんは手早く塗料の準備。
受講者全員に行きわたるように、小ビンやカンに油性ペンキを小分けにしていきます。

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使われる塗料はホームセンターでも売られている油性ペンキ。
銭湯のペンキ絵は群青・紺・白・赤・黄の5色のみで描かれます。
群青は紺に白を少量混ぜたものなので、実質4色です。
この色の少なさがあの独特の色調をつくりだすのでしょうか。

 

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ペンキの小分けが終わると、おもむろに描きはじめる丸山さん。
全員、目が釘付けです。
ここはこうするといい・・・・などのアドバイスを細かく説明して貰ったのですが、何しろ早業!この1枚を描くのに所要した時間はたったの20~30分程です。その短い中にペンキ絵のエッセンスがあまりにも濃縮して詰めこまれているため、職人技を目の当たりにして、とてもじゃないけど全然描ける気がしません。

 

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それでも描かないことには始まらない。
見よう見まねで下書きをし、富士山と水平線のラインに沿ってマスキングテープを貼っていきます。

 

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空を描き終えて、富士山のマスキングテープを剥がすところです。
そうすると稜線のラインがくっきりと浮かび上がるので、空と山の境界線に沿って今度は山を塗っていきます。

「あれ・・・・そういえば、富士山って何色だっけ?」
この1年、丸山さんに出会ってから沢山の銭湯絵を見てきましたが、いざ自分が富士山を描く段になって一瞬混乱が生じました。

なぜ脳が混乱したかはすぐ分かりました。
空が青なら、富士山も青なのです。
銭湯ペンキ絵の世界は青の表現が何よりも重要なのです。
だから基本色に群青と紺を用意し、使用されるのはほとんどこれらと白のみ。
赤や黄色は島や松を描くためのわずかな補助に過ぎません。

江戸時代から連綿と、縁起を大事にしてきた銭湯文化。
夕景は“日が落ちる→客の入りが落ちる”とされ、描かれないで来ました。
秋空や雪景色もパッとしない。
晴れ晴れと冴えわたった青い空と青い山と青い海(あるいは雄大な湖)が銭湯にはよく似合う。
銭湯と青色は切っても切り離せない存在なのです。

 

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青と青の境界線を塗って、空と山を分かちます。
陰影とグラデーションの付け方が繊細で、難しい。

 

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ふんわりと訳の分からないまま描きすすめて、松までやって来ました。
松は今回一番挑戦してみたかったモチーフです。
自分がふだん仏像彫刻で松の木にお世話になっている、ということがひとつ。
あとは、丸山さんの松を描く姿がとても好きだからというのもあります。

宙で手を動かして、松の位置を頭の中で決める。
何もない空の上に、ハケで松の葉の緑を叩き描く。
そして最後にスルーーッと松の幹を葉の間に滑らせると、突然生きた松の木がたち現れる。
何度見てもため息の出る瞬間です。

丸山さんはいつも「松は師匠(故・丸山喜久男さん)が一番上手かった。俺は苦手でさ、死ぬまでかなわない」と言っていますが、喜久男さんの描いた幻の松(現存する写真資料がない)はどれだけのものなんでしょう。
とても思い描けないほどに、丸山さんの描く松は素晴しいです。それに少しでも近づいてみたいと思いました。気分だけでも。

平筆で空の上にチョン・チョンと緑の色を置きます。
これが本当に松になるのか?いや、きっとなるんだ!
技術論などそっちのけで、ただ銭湯絵の神様にゆだねるような気持ちで色を乗せます。

たぶんこれくらいだろう、という所で真ん中に茶色の太い幹をスルーッ。
な、なんとなく松らしくはなっている・・・・?
丸山さんに出来を尋ねると、「枝を足すともっと松らしく見えるよ」と、細筆でシュッシュッと細枝を描き入れてくれた。
ほんとだ!

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そんなこんなで出来上がったのが下の絵です。

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お世辞にも上手いとはいえませんが、ちゃんと「銭湯絵」にはなっています!
この絵を見たらおそらくほとんどの人が「銭湯の富士山の絵だ」と認識してくれるのではないかと思います。

 

青の様式美

 

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使い終わった小分けのペンキはラップでふたをして再利用。
太田胃酸の白ペンキがいい感じ。

そんなこんなで銭湯絵教室は無事に終了しました。
最初はどうなるのか全然全容が見えなかったけど、数時間経ってみれば私だけでなく受講生みんな(小学生の子たちも含めて)立派に「銭湯絵」になってることに驚きました。

そんな受講生たちの完成度の高さの陰には、丸山さんの神の手(という名の手直し)の力があるのは言わずもがななのですが、それだけとも言えない何かの大きな力も感じました。

昔、奄美で伝統の泥染め体験をした時に言われたことを思い出しました。
「どう染めても“それっぽく”なるから、間違いを怖がらず思うがままに染めてみて下さい泥染めは懐が深いですよ」

年月をかけて築かれてきた表現形式には、かならず独自の様式美があります。
各々の頭の中であらかじめ築かれていた「銭湯絵ってなんとなくこんな感じ」というふわふわとしたイメージとたわむれるようにしながら、職人が歳月をかけて洗練させた手順に従って取り組んでいくと、不思議と様式がのりうつって、形になる。
今なお根強く残る伝統芸術というのは、そういった器の広い様式美があるものなんだろう、と思いました。

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みんなの使い終えた筆ふき布です。一様に青い。

私はふだん仏像彫刻をしていますが、着色をしないで木本来の色におまかせするスタイルなので、モノカラー(一色)の世界でつくりあげていきます。
凹凸と、それによってできる陰影をどう生み出していくかが肝であり、色彩の調節についてはほとんど考えたことがありません。
そんな自分にとって今回の体験は非常に刺激的なものでした。

抜ける青、かすむ青、深く青。
銭湯ペンキ絵は現状、消滅寸前の文化です。しかし、今回の教室を通してあらためて銭湯絵の強く青い生命力を感じさせられました。

 

 

(おすすめの銭湯・ペンキ絵関連本)

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