ショビ書房のホリディ

マンガ・仏像彫り日記・℃-ute・ハロプロなどについて書いています。

銭湯文化に浸かった日。燕湯の朝湯と、月の湯

東京の銭湯をたっぷり味わうイベントに参加してきました。

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台東区上野 燕湯 極熱の朝風呂

まず朝9時に向かったのは上野の燕湯

朝湯 銭湯燕湯

東京にわずか残る、朝に入れる銭湯。

 

湯船が熱すぎる。せっかく来たからと無理して全身浸かるも、つい大声で「熱い!痛い!アツい!」と叫んでしまう。お騒がせしてすいません。

温度計を見ると48℃。そりゃ痛くもなる。全国の銭湯・温泉に入ってる風呂好きの方に聞いたら「今まで入った中で多分一番熱い」と言っていた。

子供の頃通った石神井の銭湯のお湯は熱くてとても入れなかった。あんまり長い時間水で埋めるとおじさんに怒られるので、カランにへばりつくようにして浸かったことを思い出した。

大人になって熱い風呂の方が気持ち好いと思うようになってから、あの子供の頃の入りたくても入れなくて何度もチャレンジしては堪らなくて飛び出す、あのもどかしい気持をずっと忘れていた。

まだまだ私も子供だな。(フッ)

 

入った時のペンキ絵は中島盛夫さんによるもの。題材は北海道弟子屈町の摩周湖だ。

富士山以外のペンキ絵は全体の1割程しか無いと町田忍さんの本に書いてあった。現在はペンキ絵を銭湯で拝めること自体が貴重だが、更に富士山以外の珍しいペンキ絵を燕湯では楽しめた。

 

また、燕湯の浴槽にあしらわれた岩は富士山から採ってきた岩石だという話を小耳に挟んだ(真偽は確認していません)

町田忍「銭湯の謎」には、ペンキ絵と富士山の関係についてこのように記されている。

(富士山は)古来より信仰の対象でもあった。盛んだったのは江戸時代で、「富士講」という名称で庶民の間に広まっていた。現在でも関東一円の一部の神社には当時の名残の「富士塚」という岩で山を象ったミニ富士山がある。その効力は、この富士塚に登れば実際の富士山に登ったのと同じご利益が得られるというもの。使われている岩は、藤さんから噴出した溶岩を用いていることが多いのもその効力のひとつだろう。

ー略ー

銭湯の坪庭に使われている溶岩も、ひょっとするとこの富士講と結びついているのだろうか?

 

銭湯の謎 (ヴィレッジブックス+)

銭湯の謎 (ヴィレッジブックス+)

 

 町田氏は銭湯の坪庭(脱衣所に面している和風の小さい庭)によく使われている溶岩石が江戸時代の富士山信仰「富士講」と関わりがあるのかもしれない、という推理をしている。

坪庭の岩が富士講の名残だとしたら、燕湯の浴槽の岩は神社に置かれた「富士塚」と同じ御利益があるのではないだろうか?

ペンキ絵(今は摩周湖だけど・・・・)の下には富士山の溶岩。そしてマグマかと思うくらい熱いお湯。

どこまでが関わりあるのかは想像頼りですが、富士講にとても相応しいシチュエーションだと思いました。

 

 

 文京区護国寺 月の湯

そこから電車で文京区護国寺の月の湯へ向かった。

月の湯は先日も見学会で来たばかり。

www.chove-chovo.com

 この時は時間がなくて風呂に入ることが出来なかったけど、今回はゆっくり入ることができた。一緒に参加した人と湯船で「℃-uteの魅力はなんですか?」と聞かれたのに「すべてです。」と一番いけない返し方をしてしまい、勧誘に失敗する。それはともかく初対面の人ともこうやってほどけた会話ができるのも銭湯の醍醐味だ。

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月の湯では脱衣所を開放してイベントスペースにし、そこで銭湯に関わるいろんな方の話を聞いた。

月の湯の店主さんは陽気な江戸っ子。「浴槽を水で埋めるとよく背中にペンキ絵がある人に怒られた」という小話にニヤニヤ。「うちは坪庭でアヒルとかサルを飼ってたよ。なに、○○湯さんなんかライオン飼ってたんだから」。味わい深い。

 

店主さんの話で真面目に興味深かったのは、日本において風呂とは元来人と共有し合う空間だったという話だった。

現在、家の風呂場で入浴中に亡くなる人は年間約1万5千人。交通事故による死亡者数とほぼ同じだ。死亡者は高齢者が多く、自宅の風呂という個室で亡くなるため発見が遅れるケースも多いらしい。

 

入浴中の事故防止のためにも公衆浴場文化の復権を・・・・なんて安易な結論を導きたいわけではない。それだけ「風呂に入る」という行為がプライベートな方向に針が振り切っているという事実が色々考えさせられるということである。

 

先日色んな人と入浴スタイルについて話していた時、ある人が「シャンプーのボトルを12回プッシュしていた」という驚愕の事実をカミングアウトした。他の人もそれくらいだろうと思っていたそうだ。髪が長いにしても程がある。ちなみに“12回プッシュの女”とは燕湯にも一緒に入ったが、48℃の熱さもそれ程苦ではない様子で「うちの風呂がよその風呂より相当熱いことを今知った」と言っていた。

12回プッシュなんて常識的に有り得ない!とつい思ってしまうが、プライベートな風呂文化が一般的になった今、風呂の常識なんて本当に存在するのだろうか?と考えさせられてしまった。

ペリーは江戸の公衆浴場を見て「他人同士が裸で洗い場を共にするとは、なんて野蛮な文化だ」と驚いたそうだ。確かにそうかもしれない。けれども、銭湯には大人がマナーを躾けるという文化も根付いている。たった一人の空間でシャンプーボトルをなんべんプッシュしようが何℃のお湯に入ろうが、どんな格好で入浴しようが、入浴中に死のうが、他人のあずかり知る所に及ばない現代の個室風呂文化と公衆浴場文化のどちらが人間の野性的感覚に近いのかは何とも言えない。

 

 

長くなってしまったので、後編に続く。