ショビ書房のホリディ

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松本清張が最も影響を受けた幻の小説「啓吉もの」(菊池寛)とは何だったのか。

松本清張の本を読んでいると、菊池寛についての記述にたびたび出くわす。
氏曰く、自分の小説執筆において菊池寛作品の影響は多大とのこと。

菊池寛というと文藝春秋社の創設者。
また以前に昼ドラ「真珠夫人」が大ヒットして、その原作者という点でも有名だが
現代ではあまり文学者としての側面を知られていない。

私が無教養で菊池寛をよく知らないだけ、とも言えるのだけど、
以前に香川旅行へ行った時、高松市内にある「菊池寛通り」と名付けられた通り沿いにある古本屋のご主人と話した時、「旅行の記念に菊池寛の著作を買いたい」とお願いしたら「菊池寛の本はうちに無いし、需要も無いし、自分もよく知らない」という旨の答えが返ってきた。
菊池寛通りの古本屋さんがこれくらいの認識なら、世間の菊池寛に対する周知度も推して知るべし、なのだと思う。

松本清張が愛読したという「菊池寛の啓吉もの」

松本清張の随筆集「黒い手帖」にはこう書いてある。(うろ覚え)

 

黒い手帖 (中公文庫)

 

「小説家として菊池寛の著作には多大な影響を受けた。特に啓吉ものは何度も熱読し、一節をソラで音読できるくらいである」

あの大作家・松本清張がそこまで影響を受けた小説なら読んでみようじゃないか、「啓吉もの」!
・・・・と思ってネット検索をかけてみたものの「啓吉もの」という本はどこにも出てこなかった。

「もの」と付くということは啓吉を主人公に据えたシリーズ小説なのだということは推測できた。けど「菊池寛 啓吉」で検索しても全然情報が出てこない。ネットは小説家・菊池寛に対して興味が薄すぎる。だから私がブログで書いて少しでもネットに痕跡を残しておこうと思った次第でありんす。

「啓吉」と名の付く本が皆無だったわけではない。

啓吉物語

啓吉物語

 

 国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている「啓吉物語」という本がKindle本として発売されていた。
しかしおそらく松本清張の言う「啓吉もの」イコール「啓吉物語」ではないのだと思う。
にしても「啓吉もの」のひとつには間違いないはずなので、まずは読んでみることにした。

「啓吉物語」を読んでみた

「啓吉物語」を読むのと並行して啓吉ものに関するわずかなネット情報をかき集めたところ、なんとなく大枠が分かってきた。

まず「啓吉もの」とは啓吉=菊池寛自身をモデルにした自伝的短編小説群だということ。

発表がバラバラで、名前も「譲吉」になったり「淳吉」になったりするが、それらをかき集めて時系列に編集したのが「啓吉物語」とだと思われる。
しかし「啓吉物語」に収録されていない啓吉ものも多数あり、それら全てを一つにまとめた本はおそらく出ていないので、菊池寛の全集から「啓吉ものっぽい」短編を自分で探し出して読むしかないようだ。

もちろんネット上には「啓吉もの」をまとめてリストにしているサイトはない。菊池寛に関する文献にはそういうのもあるかもしれないが、まだそこまで確認できていない。
じゃあこのブログで不完全ながら「啓吉ものリスト」を作ってみようかなと思った次第でありんす。(2回目)

というのも、「啓吉物語」がとても面白い。
菊池寛自身による主観的見解が詰まった創作は、事実と異なっている部分があるものの、ある意味事実のみを書いたものよりもリアリティをもって胸に迫ってくる。

例えば「青木の出京」という話は、魅力と才能に溢れている青木という親友が偉いさんの小切手をちょろまかして、その罪をあえてかぶった啓吉が退学になる・・・・という話である。菊池寛がそのようなトラブルで退学になったのは実際の話だそうだが、Wikipdiaにはこう書かれている。

しかし当時の一高寮生たちによると、こんな菊池の話は荒唐無稽だという。旧制第一高等学校の気風は物にこだわらないバンカラ気質があって、他人の物と自分の物の区別がつかないような寮生活で、そのなか一高は独特な自治の精神があり、学生間のトラブルは学生同士で解決することになっていたので、このことに教員が関与すること自体、理解ができないというのが当時を知る大方の見解である。この事件は戦後、一時盛んになった旧制高校の「寮歌祭り」でも話題になったことがあるが、参加者たちは首をひねる事しきりだという事だった。

(中略)

後年、佐野の死後、菊池は青木が佐野がモデルだというようになったので遺族は菊池に抗議したという。


青木に限らず、啓吉ものに出てくる登場人物はほとんど実在のモデルがいる。Kindle版「啓吉物語」はごていねいにそれぞれの名前の隣に鉛筆で誰がモデルかをメモしてくれているので、とても分かりやすい。文学に疎い私でも知っているような名前がちょいちょい出てくる。
「啓吉物語」に出てくる友人・芥川龍之介は、自分の文学的出世をひけらかして菊池に意地悪をしては悦にひたる嫌なヤツで、恩師・上田敏は菊池の書いた大事な作品を受け取ったまま1枚も読まないで埃をかぶらせる耄碌じいさんだ。よくこんなこと書いたなと思うし、さすがセンテンス・スプリングの源流だとも思う。
また、文壇の裏話的な魅力にとどまらず、事実か創作かに関わらず、人の業の深さとかなしさ、愉快さといったものがよく描かれている。
実在の事件を下敷きにして人間の内面を掘り下げる松本清張が啓吉ものにハマった理由がよく分かります。

というわけで、いずれ「啓吉ものリスト」をアップします。
なんとなく文体が菊池寛に引きずられてしまった今回のブログでした。