ショビ書房のホリディ

マンガ・仏像彫り日記・℃-ute・ハロプロなどについて書いています。

さよなら旧高田邸

国立に残る昭和初期の文化住宅、旧高田邸。

本日をもってそのお別れイベントが終了しました。

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約10日間の会期中、のべ3000人の方々がご来場されたそうです。

そこかしこで耳にした「このまま取り壊すのは勿体無い」「どうにかして残す事は出来ないのか」という声は、直接旧高田邸の保存には繋がりませんが、きっとこれからの国立の未来に繋がっていくでしょう。

イベント終了後にスタッフで軽く打ち上げをするというので、仕事の終わった後お邪魔させて貰いました。

話題は尽きないのですが、面白かったのは「旧高田邸で見つけた欲しいもの」話。

アンティークとして再利用出来そうな建具などはまとめて業者に引き取って頂く話がついているそうですが、

建具以外にも魅力的な物の多い高田邸。プロジェクトメンバーも会期中にいらしたお客様も含めて色んな方が、「貰えるものならばアレが欲しい!」と内心で思っていたようです。

「床板が欲しい」と仰ったお客様。

庭に埋まっていたカエルの石像に魅せられたというカメラマンさん。(この時まで誰もその存在に気づかなかった!)

果ては庭の池にいるカエルの卵をバケツで掬って、谷保の農地で育てたい・・という声も。

会期の終わった高田邸は早々に取り壊しの手はずを整える予定なので、高田邸に訪れた人々の一方的なドリームがどうなるかは分からないのですが、

例えば業者が引き取った建具をどこかの誰かがアンティークショップで買い、どこかの家のインテリアとして息を吹き返したり、

高田邸で暮らしていたカエル一族の子孫がいつか谷保の畑で合唱をしていたりしたら、

たまらなく愉快ですね。

私だったら、階段の柱が欲しいと思いました。

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この階段の柱は元々外に生えていた木を伐ってしつらえた柱だそうです。

高田邸が壊された後用無しになったこの柱達を材にして仏像が彫れたら素敵だろうと思ったのです。

国立の木が階段の柱になって、柱として用済みになった木の最後は仏様になって頂く。

そんな高田邸の生かし方もあるんじゃないかと思いました。

・・・・というような事を話していて、自分の彫仏への取り組み方の指針がふっと明るくみえました。

私の彫仏の師匠の信念は「一木一草命有り」。

何の役に立たないと思うような道端の草木一本一本にも命が宿っている。その尊い命を彫り起こすお手伝いをする。

なので弟子の私もそのように彫ってきました。

しかし、そこに仏をひとたび刻んでしまえば

おそらくその木はもう仏以外に形を変える事は二度と無いでしょう。

知らず捨てられたり朽ち果てたりという事はあるでしょうが

木を柱に、柱を仏にする事は出来ても

仏を他の何かにする事はなかなか出来ないと思うのです。

つまり、私が彫る仏は、その木の最後の姿であるという事です。

これに気付いた時、脳裏に流れてしまった曲は不覚にも

「俺にはお前が最後の女ぁ〜♪」

だったのですがそんな事はどうでもよく、

高田邸の最後のよもやま話で仏について大事な事に思い至った事は

とても大きな頂き物でした。

「生かす、活かす」とは何でしょう。

旧高田邸プロジェクトは、旧高田邸が取り壊されるという決定事項のもとに成り立った企画でした。

無くなる事が決まっている過去の物をいま盛り上げる意味は何なのか?

という疑問を投げられた事もありました。

そう聞かれた時は特に何も答えられませんでしたが、

言語化に至らないだけで自分の中に答えはちゃんとあるんだと思います。

そして、約10日間の間に訪れたのべ3000人の人達の中にもきっと何かあるんでしょうね。

さよなら旧高田邸。

今回所有者のT様にご了承頂いて庭に落ちている枝をいくつか拾い、ちいさい仏様を4体彫りました。

最後の一体はもうすぐ仕上がります。

彫り途中のものですが、高田邸のライトアップに使用された竹のキャンドルに入れて撮影しました。

完成したら4体まとめてアップしようと思います。

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