ショビ書房のホリディ

マンガ・仏像彫り日記・℃-ute・ハロプロなどについて書いています。

“おもいの塊”を彫る。―自分らしさとは何か

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友人が出家すると聞いて、東京駅まで見送りに行きました。

 

彼女とは一緒に音楽をやっていました。
まるでお姫さまのような人だったので、出家の連絡を受け取った時は驚きました。
でもこの選択がこれから彼女の大きな力になっていくんでしょう。

 

 


最近「その人らしい」とは何だろう?と考える機会がよくあります。

つらい別れを経験していつもの冷静さを喪っているように見受けられる人や
活動的になりすぎて傍から見ると先行きが不安に感じられる人。
それまでの自分とは逸脱した行為をする事で「あなたらしくない」と謗られたり
「自分らしくするにはどうすればいいのだろう」と迷いに陥ったりするのを見るにつけ
私はいつも、「何をやってもその人らしさを抜けられる事は無い。だから心の赴くままに動けばいい」と思います。

「らしさ」は元からその人の中に在るもの、なのかどうかは分かりませんが
少なくとも己の裁量で作り上げていくものではありません。
時間軸において最先端に立っている自分がふと後ろを振り返った時にぼんやりと見えるおもいの塊。それが「らしさ」なんだと思います。
だからたった今の行動の是非を「自分らしさ」に絡め取られる事は余計な思索・・・・なのかもしれません。


東京駅で会った彼女は頭を綺麗に丸めていて袈裟姿で穏やかな笑顔を見せてくれました。
そんな彼女に「にぎり仏」をプレゼント。
「にぎり仏」は私が勝手に作った名前ですが、身ひとつで修業にのぞむ彼女の荷物にならないよう片手で握れる仏を彫りました。

本当は最後にくるみ油を染み込ませると艶やかに仕上がるのですが、
彼女が今後抱くであろういろんな経験やおもいが掌を通してこの仏さんの木肌にこれから深い色を与えてくれるだろうと思ったので、あえて彫り放しのままで完成としました。
いつか修行を終えて後ろを振り返った時に
「にぎり仏」が彼女の“おもいの塊”になっているように祈りをこめて。

東京駅で友人たちと談笑する数十分の間、いろんなお土産を持っていて重いのに
片手にずっと仏様を握ったまま放さないでいてくれた彼女。
そんな細やかさがきっと彼女を素敵な僧への道に導いてくれるんだろうなあ、と思いました。


お寺では携帯もパソコンも禁じられています。
見送った夜中に最後のメールが彼女から届きました。

「能のお面みたいに見る角度で表情が全然違いますね!
真っ正面から見るのがやっぱり一番良いお顔なので、仏様といつも真っ正面から向き合っていきたいと思いました!
今日のしあわせな気持ちを込めたので、さみしいときは仏様をにぎにぎなでなでして笑顔を取り戻せるようにします!」

うれしいメールでした。
仏様を彫るという事の大きな意味をまた教えられました。
こちらからも彼女の成就を祈っています。


春はいろんな人の上でいろんな事が終わり、また始まります。
いずれたくさんの実りがその下に降り注ぎますように。